詭弁論考の最近のブログ記事

不思議な夢を見た。

多分どこかの大学の教室だろうが、僕を含めて数人の学生がパソコンを前にして座っている。

先生が、「フィールドリボルディの意味を調べてください」と言った。

僕は、言われるがままにその言葉を探したが見つけることが出来なかった。

ある学生が発言した。「フィールドリボルディに関する画像を見つけました。」

また、ある学生が、「見つけました。」と言った。

その学生によると、フィールドリボルディとは、狩猟民族の長のことをさすらしい。画像をみると、オオカミの毛皮をかぶったいかにも村長らしい人物の写真があった。

先生の補足説明では、フィールドリボルディとは、狩猟民族の長のことを指し、学術的には特別な存在のことを意味するのだと言う。

何も答えられなかった僕は、自分の名誉のために「僕は大学では差別と格差社会を勉強した」と述べてその教室をあとにした。

そこで目が覚めた。

あまりにも鮮明な夢だったので、検索してみた。

やはり検索には何もかかってこない。夢なのだから。

リボルディだけで調べてみると、そんな名前のダイエット食品がでてきた。

リボルディのスペルはreboldyだったのか、revoldyだったのか?

boldは太いとかという意味なので、これには当てはまらないかもしれない。

voldという言葉は、技術用語でいくつかでてきた。

voldyという言葉を検索したら、今度は、関連する画像がいくつもでてきた。どうやら、ハリー・ポッターの中にでてくる人物のようだ。その形相は、まさに悪魔。

僕は、ハリー・ポッターを見たことがない。

revoldyは日本語の検索ではほとんど結果がでてこなかったが、海外ではいくつかあったが、英語ですらない。何語なのか?よくわからないが、確かにその言葉は存在する。英語だと、どうやら人の名前のようだ。

field revoldyで検索したが、さすがに何もかかってはこなかった。

夢で見たイメージを画像検索で探したところ、最も近いのを見つけた。


wolfhead.png

本当は、置物ではなく人物の写真だったが。しかも横顔。顔の雰囲気はこんなイメージだった。

果たして、何の意味があったのかは定かではないが、ここまでくると単なる白昼夢でもないような気がしてならない。

Field Revoldyとは、いったいなんだったのか?

あまりにも寝覚めが悪くて、ここまで調べてしまった。。。

日本の美意識を一言で表すとすれば、「粋」という言葉が最も当てはまるでしょう。

そんな話を今日、ある人としていました。

ちなみに、粋という漢字は、コメ粒みたいな小さなものが九個も十個も(要するにたくさん)揃っている様を表しているそうで、洗練された混じりけのない様子を表しているといいます。

日本酒を作るとき、米の芯だけ残してほとんど削り落としていくそうですが、その芯の形がちゃんとそろっているとき、本当にうまい酒が作れるといいます。

粋な酒というのは、混じりけのない洗練されたお酒のことをさし、特に日本酒では、最高のほめ言葉になります。

言葉の意味と知って使うのと、知らずに使うのとでは、言葉の重みは全然違います。

日本料理は、引き算だといわれています。これも、素材の良さを引き出すことが良しとされるからで、ここでもやはり「粋」という言葉が当てはまります。

実は、日本の美意識のすべてには、この「粋」という感覚が入っています。むしろ入っていないと日本らしさは出ません。

人に対しても「粋な人」と使うわけですが、粋な人とは、粋なことをこよなく愛し、他人にも裏表なく(混じりけなく)接する人なのです。

辞書には、風流な人などと載っていますが、風流な人ほど、自然やありのままの姿を愛しています。何もたさないそのままが一番いいと知っている人こそが、粋な人なんでしょう。

そういえば、先日、大工さんと粋について話したことをふと思い出しました。

その人も、「粋」が好きで、自分自身もそうありたいといつも思っているそうです。実際どんな人かというと、いつもにこにこで明るく、人から好かれ何事にも一生懸命。そして人情が溢れる…なんだか、ほめちぎっているようにも思いますが、まさにそんな人です。その人が、こんなことを言っていました。

生き方=粋方

「人それぞれ、いろんな生き方ってあるけれど、せっかく一度の人生だから、粋でいたいよね。そんなのを、粋方っていうのかな?」

とてもいい話だったので、それいただきました!

ありのままの自分をさらけ出せば、相手もそうしてくれる。そんな関係がやっぱり粋なんでしょうね。その人が粋だというのは、いつもありのままだからなのかもしれません。

もう一つ、粋の語源には、意気から転じたという話もあります。気性・態度・身なりがあか抜けしていて、自然な色気の感じられる・こと(さま)。でも、ここでもやはり「自然な」という言葉が出てきます。自然ということは、ありのままということです。どちらにしてもありのままで美しいことや様子を指すのでしょう。

人の縁とは不思議なもので、必要な時に必要な人と会うのだそうです。それは一瞬早すぎず、一瞬遅すぎないその時に。

これは、うちの社長に教えてもらった話ですが、まさにその通りだと思うのです。

昔、人材関係の仕事をしていたときに心がけていたことは、「一つ一つの出会いを大切に」ということです。一期一会という言葉がありますが、その時はその言葉が好きでした。

ちなみに、実際にお茶も習っていた時期があります。

人との出会いや縁には、すべて何らかの意味があると思えるようになったのもその頃からでしょうか。「人の出会いに偶然はなく、すべてが必然である。」という人も居ます。

それだけ、人との縁は、大切なものなのです。

ちなみに、英語には縁を的確に表す言葉ないのです。最も近いと思ったfateですら、かなりネガティブなニュアンスを含んでいるため、日本語の縁とは、ほど遠いです。英語では、出会ったその場所で、Nice to meet you.と言うわけですが、これが、一番、縁のニュアンスに近いように思います。

この考え方は、日本古来のもので、古くは「えにし」といっていました。それが、漢字が入ってきて当て込んだ時が「縁」という時だったため、いまでは、「えん」と呼ぶことの方が多いのです。日本人が最も古くから大切にしてきた概念の一つだと言えます。

この考え方は、他の国ではあまり見られないのではないでしょうか。

気持ちやニュアンスは伝わるでしょうし、それを感覚的に理解できるでしょう。しかし、言葉としてそれを一言で表現しているのは、おそらく日本人だけです。

実は、人との出会いが自分の人生のすべてを決定づけているとしたら、あなたはどうしますか?良い縁を必ず求めるはずです。そして、良い方へに行きたいと願うはずです。

「どんな人もすべて自分より賢者だと思え、そうすれば、本当の賢者に君はなれる」

いつ、誰が、どんなタイミングでそんな話をしたのかすら忘れてしまいましたが、この言葉がずっと頭の片隅にあって、たまに思い出します。

どんな人でも必ず自分に何か一つ教えを持ってきてくれるのだと言うのですが、それは、弟や妹、自分の子供ですらすべてだそうです。学歴の善し悪しや年齢性別、生まれ、国などすべて関係ありません。出会う人すべてが、自分より何か一つ秀でたものを必ず持っているのだと教えられました。

多分、その頃は謙虚さが足りなかったのかもしれません。それを見て戒めにそんなことを言われたのかもしれません。でも、そのことがきっかけで今でもその教えを心の片隅に常に置いています。

やはり、その時も一瞬遅すぎず、一瞬はや過ぎなかったのだと思います。

より良い縁を求めるのであれば、まず健全な精神を保つ必要があると言います。健全でまっすぐな精神を持って行動すれば、必ず向こうからやってくるのです。

それこそ不思議な話ですが、成功者の多くは、そんなことが実際に起ることを知っているのだと言います。

先日、友人の誕生日だったので、ご飯をごちそうしようかと思ったのですが、別にいいというのです。

嫌われたものだと思ったのですが、そのあとに、こんなことを言っていました。

「おめでとうの言葉だけで十分ですよ。誕生日は、両親とご先祖様に感謝する日と思えるようになったので・・・」

断られて、こんなに感動したことはないです。目から鱗も落ちました。

そりゃそうだ。だって、当たり前のことですから。

そんな当たり前のことだと思っていたことが、まず間違いだったと気づかされました。

ある人から、「ありがとう」の反対の言葉を知っているか?と聞かれたことがあります。その時は、全く答えられませんでした。そして、答えを聞いたところ、「当たり前」というのです。当たり前と思うことこそが、本当は感謝しなければならないことだったとその時も気づかされました。

でも、生まれてきたことに感謝できるようになったら、それはもう本物でしょうね。

自分は、そのことに一切気づかずに生きてきました。その感謝の心が何よりの幸せなのだということも知らずに。

当たり前だと思っていることにこそ、本当の意味での感謝の価値があるのかもしれません。

今の経済状況を見てく上で、風が吹けば桶屋が儲かるという発想を持つことが重要だと考えています。

そのお話を知らない人も居ると思いますので、Wikipediaからの抜粋を読んでみてください。

江戸時代の浮世草子『世間学者気質(かたぎ)』巻三(無跡散人著、明和5年、1768年)が初出である。ただしここでは、「桶」のかわりに「箱」であり、「風が吹けば箱屋が儲かる」などの成句の形では書かれていない。また、『東海道中膝栗毛』二編下(享和3年、1803年)に現れるのも有名で、ここでも「箱」になっている。

   今日の大風で土ほこりが立ちて人の目の中へ入れば、世間にめくらが大ぶん出来る。そこで三味線がよふうれる。そうすると猫の皮がたんといるによって世界中の猫が大分へる。そふなれば鼠があばれ出すによって、おのづから箱の類をかぢりおる。爰(ここ)で箱屋をしたらば大分よかりそふなものじゃと思案は仕だしても、是(これ)も元手がなふては埒(らち)明(あか)ず

   – 無跡散人『世間学者気質』より, 慣用句辞典より転記。[1]

つまり、

   1. 大風で土ぼこりが立つ

   2. 土ぼこりが目に入って、盲人が増える

   3. 盲人は三味線を買う(当時、三味線は盲人が弾いた)

   4. 三味線に使う猫皮が必要になり、ネコが殺される

   5. ネコが減ればネズミが増える

   6. ネズミは箱を囓る

   7. 箱の需要が増え箱屋が儲かる

ここでは、箱屋になっていますが、桶も箱も一緒です。要するにネズミがかじるから必要だろうということなので。

正直、この話には根拠はありません。しかも、そんな話をしたって信じる人は居ないでしょうし、ましてや桶屋を始めようと思う人も居ないはずです。しかし、「風が吹けば桶屋が儲かる」のは0.8%!? 身近なケースで学ぶ確率・統計 PHP新書という書籍も出ているので、一概には言えません。

今世界で起こっている、100年に一度とも言われる不況は、まさにこうした流れが現実になった結果とも言えます。アメリカのサブプライムローンに端を発したところまでは、ニュースでも取り上げられているためわかるかもしれませんが、そのおかげで実は中東のある国は儲かりました。

アメリカが風邪をひいたらドバイが儲かった。

  1. サブプライムローン問題で、投資家はお金をアメリカから引き上げた
  2. しかし、投資家はお金を手元に置いておくだけでは稼げない
  3. 次なる投資先を探していた
  4. どうやら、原油先物市場でドバイが儲かっているようだ
  5. それを知った投資家たちはこぞってドバイにお金を流し込んだ
  6. その結果、ドバイでバブルが起こった

簡単に説明するとだいたいこんなものです。では、もう一つ。

アメリカが風邪を引いたら日本は肺炎になった。

  1. アメリカがサブプライムローン問題のため不況になった
  2. 日本はもともと10年以上不況だったが、アメリカにモノを売ってなんとかやりくりしていた
  3. バブル崩壊後を思い出した
  4. そのとき大企業が一番困ったのは資金繰り(リストラという言葉もこのとき生まれてる)
  5. 同じツテを踏まないように自己資金を蓄えておかなければならない
  6. 海外に投資などの形で置いてあった資金を日本に戻す
  7. 日本にお金が流れるから円が上がる
  8. 円が上がると、輸出産業の利益は吹っ飛ぶ
  9. モノが売れなくなったばかりか、今度は売った分だけ赤字
  10. 日本の輸出製造業のほとんどは赤字決算

これも、ちょっと極端すぎますが、だいたいこんなもんです。

特に現在のようにグローバルなマクロ経済では、風が吹くと桶屋が儲かるというようなことが現実に起こってしまっているのです。

先行きが見えないとよく言われますが、実際に嘘みたいな話が現実に起こっているわけですから、見えなくて当然です。次何が起こるのか日本の総理大臣にすら予測できていません。

先が見えない不安は、閉塞感につながります。今はそうした中でなんとか先を見ようとあがいている状況です。

日本が今、すべきことは、内需拡大なのです。これまで輸出産業に頼ってきていましたが、それが出来なくなってしまいました。そして円高。輸入を増やして内需を拡大していけば、今度は日本に大きな風が吹いてくると思います。

実は今の日本にはかなりの額のお金があります。それを使わずに居るだけなのです。というか、先が見えてこないから使えないのです。先が見えるのであれば、先行投資もできますが、先が見えない状況ではそれは出来ません。日本の優秀な経営者の多くはそうした状況にあるのです。

そうしたことをふまえて考えていくと、先頃決まった定額給付金はその閉塞感を打破するための風とも考えられます。(もちろん賛否ありますし、消費税引き上げとセットだったり、詐欺の発生も考慮されるため問題は山積みですが)これによって、内需拡大の足がかりになれば、少しは先行きも見えてくるはずです。

内需が拡大し、日本にお金やモノがどんどん流れ込んでくると、今度は国内でバブルが起こります。お金は、儲かっていそうなところを好む習性があるため、世界中から流れ込んでくるでしょう。しかし、その時はいいかもしれませんが、そのバブルがはじけ飛んだとき、日本はより悲惨な状況になります。もしかすると、国そのものがなくなってしまうかもしれません。それぐらいの危機的状況も考えられます。

ただ、今は転換期であるため、どちらに転ぶのかははっきりしていません。

そんなことを考えていくと、「国政とは、国にいかに良い風を吹かせるか」なのかもしれません。