手記の最近のブログ記事

ついに買ってしまいました。

デジタル一眼レフなどは、自分に不必要なものとばかり思っていたわけですが、最近お手軽になってきたため、自分にも手が出せるかなぁ?と魔が差したのです。

実際は、ボディーだけ購入したので、5万ぐらいでした。(レンズは会社の人から安く譲っていただきました。)

せっかく買ったわけですから使わずにはいられないわけで。いろいろとお盆休みを利用して撮りまくった次第です。

その中で、結構よくとれた写真をPicasaにUPしてみました。

water lily 08/08/16

ハスの花が咲き誇っている場所があるという情報を入手し、すぐさま現地へ直行。

バシバシ撮ったのですが、どうも同じようなカットが多くなってしまいました。

まだ、見習中なので、そこはご愛敬。

10年という歳月の中で、とてもいろんなことを学んできたようにも思います。10年前に書いた日記を読み返すことによって、それがはっきりと認識できるのです。

目標は紙に書いておくと達成するという成功哲学を知らない時分から、書き始めたものの中には、すでに達成したものもいくつかありました。

ひとつは、大学受験。

ちょうど、その時の目標はそこに集約されていたようにも思います。順調ではなかったにしろ、念願かなって大学に入学し、卒業を迎え、今ではそんなことを振り返ることもなく生活しています。

目標を達成することは、このとき学んだような気がします。

大学入学後は、起業家を目指していました。ただ、その時はまだ自身もなく、知識も不十分でまずは勉強をしようと近い、さまざまなビジネス書を読みあさり、成功哲学についても多くの書籍を読みました。

たぶん、その時々で独立するチャンスはいくつかあったように思いますが、不安が先立って結局何もせずにいたのです。

確か2000年ごろだったかと思いますが、楽天の三木谷社長がNHKの取材を受けた番組を見たことがあります。その時はまだ、楽天を今から立ち上げるという準備段階でしたが、それを見ながら、これからはインターネットの時代だと確信しました。

そこから、パソコンを購入し、当時はまだISDNすら新しい時代にインターネットを始めたのでした。それ以降、詭弁論考というテーマもあいまいな随筆を続けてきたのです。

しかし、それ以前は何も書いていなかったのかというと、そうではありませんでした。

実はつい最近までそのことに気がついていなかっただけです。先日、10年前の日記を手にとって見たとき、まさに自分の青春がそこに記されているように感じたのです。だから、内容も青臭いものばかりです。でも、今も多くの青春を謳歌している人たちがいるわけですし、そんな人たちの助けになればと思い、掲載可能なものだけを抜粋していきます。

カテゴリは、手記と題しました。

20歳前後のときは、将来に対する不安と闘いながら、それでも一生懸命に頑張ろうとしている姿がありました。それは、今の人たちもあまり変わっていないかもしれません。

自分の甘さが、希望の進路をふさいでしまった。
考え方もそうだが、自分へのおごりなどが僕を落胆させる結果を生んだ。

何年たっても自分への甘さは消えはしない。
それを消すために、あえて推薦を蹴って勉強したのにもかかわらず、結局今までの付けが回ってきたのだ。そして、僕は今までそれに気づくはずもなかった。

最終的に結果が全てだとしたら、良い結果を出すために良い工程が必要なのだと思う。
それは、努力や頑張りという言葉に置き換えられるだろう。

今しなければならないことは、今しかできないし、今するしかない。

そうでなければ、いったいいつするのだろうか。

そのことは頭で理解したつもりでも、いろいろな要因が重なってできなかったりする場合もある。でも、それは自分自身への甘さが言い出す泣きごとに過ぎないことを、
今日、僕は初めて知った。
恋愛観は人それぞれ。
人を好きになることは自由で、そのことについては誰からもとがめられることはない。

だけど、僕は恋愛に自信がない。

それは、あまり自分が好きじゃないから。それでは、ほかの人を愛せるはずもない。まず他人を見つめるよりも、自分を見つめないとだめだ。

女の子と付き合うのは嫌いじゃないけど、段々変ってゆく自分がたまらなく大嫌いだ。

最近の歌は、恋愛観なんかをうたっているものが多いけど、果たしてそれのどこに意味があるのだろう。なぜそれが必要とされるのだろう。

今の世界に必要なものはもっと違った形の愛なのに。

誰もがわかろうとしない。

パスカルは「無意味なものより意味のあるほうが良い」といった。
将来僕はいったい何をしているのだろう。
不安だけしか見えてこない。

自分のことがよくわからない。

みんなこんな感じを抱いているのだろうか。

夢も希望もなく、絶望と不安を無表情な仮面の下に隠して。

時代の流れが速すぎて僕はついていけるのだろうか。

社会という自然の法則の中で、生き延びることができるのだろうか。

人にはそれぞれやるべき仕事があるはずで、それはすでに決まっていることだ。

知らず知らずのうちに人はそれに向かって生きている。

しかし、僕はそれが何なのか見えてこない。様々な分野で活躍している人は、それが子供のころからはっきりと見えていて、それに向かい努力をしている。

いつも今日を後悔し、明日を不安がる。

はっきり言って自分の生き方に自信がない。